— GROWTH · 自分を育てる本棚 —
何のために勉強するんだろう
— 第3部:変化 / 続けるのって、けっこう大変 ―
What Is Study For — Part 3
In a word
実力は直線ではなく、あとから急に上がる曲線。
伸びないのは失敗じゃない。まだ途中なだけだ。
はじめに ── ここからが本番だ
第1部で「勉強とは何か」を考えた。第2部で「では、どう動くか」を決めた。
でも、さすがに分かっていると思う。一日や二日はできても、続けるのはけっこう大変だ。
第2部の最後に「今日、何を一つやるか」を書いてもらった。あれをその日にやれた人も、やれなかった人もいると思う。やれなかったとしても、意志が弱いわけじゃない。続かないのには、ちゃんと理由がある。
第3部では、その理由を三つに分けて話したい。なぜ途中でやめたくなるのか。同じ時間をかけても差がつくのはなぜか。そして、どうすれば嫌いな教科を嫌いじゃなくできるのか。
正直に言うと、この第3部がいちばん実用的だ。点数に直接つながる話が多い。ただし、第1部と第2部を通っていない人には、ただのテクニック集に見えてしまうと思う。ここまで読んできた君だから、意味が届くはずだ。
1. 伸びは、あとからやってくる
まず、多くの人が知らないことから話したい。
横軸に勉強した時間、縦軸に実力をとって、グラフを描いてみる。
たいていの人は、これを右上がりの直線だと思っている。一時間やったら一だけ伸びて、十時間やったら十伸びる。だから十時間やって一しか伸びなかったら、がっかりする。
でも実際は、直線じゃない。
実力のグラフは、あとから急に上がる曲線だ。
はじめのうちは、どれだけ時間をかけてもほとんど上がらない。ほぼ横ばいに見える。ところがある地点を過ぎると、急に立ち上がってくる。そこからは、同じ一時間でぐんと伸びる。
これは勉強に限った話じゃない。楽器も、スポーツも、たいていこの形をしている。剣道を始めたばかりの頃を思い出してみてほしい。毎日振っているのに、しばらくは何も変わらなかったんじゃないだろうか。
2. 曲がり方を決めるのは、興味
同じ曲線でも、立ち上がる早さは人によって、教科によって違う。何が違いを生んでいるかというと、その教科への興味だ。
興味がある教科は、曲線が早く立ち上がる。少しやっただけで手応えが出る。逆に興味がない教科は、ずっと寝たままの時間が長い。同じ量をやっても、上がってくるのが遅い。
ここで大事なのは、二つある。
一つは、興味がないからといって伸びないわけじゃない、ということ。立ち上がりが遅いだけで、時間をかければ必ず上がる。「向いていない」と「まだ途中」は違う。
もう一つは、興味は増やせる、ということだ。これは第3部の最後で話す。曲線そのものを変えられるなら、それがいちばん効率がいいからだ。
3. 多くの人は、伸びる直前でやめる
さて、ここに落とし穴がある。
曲線が寝ている区間は、やっている本人からするとかなりつらい。毎日机に向かっているのに、点数が変わらない。一週間頑張っても手応えがない。
そうすると、こう思う。「自分にはこれ、向いていないのかもしれない」。そして、やめる。
でも、グラフを思い出してほしい。寝ている区間は、失敗している区間じゃない。立ち上がりの手前にいるだけだ。
伸びないのは、失敗じゃない。まだ途中なだけだ。
多くの人は、伸びはじめる直前で手を離してしまう。そしてまた別のことを始めて、そこでもまた寝ている区間でやめる。それをくり返している限り、曲線は一度も立ち上がらない。
だから、いちばん大事なのは「続ける」ことになる。ここから先は、そのための具体的な話をする。
4. 家に帰って、最初に座る場所
続けるために、一つだけ変えてほしいことがある。その前に、思い当たることがないか聞きたい。
休みの日に、なんとなくゲームを始めた。少しだけのつもりだった。気づいたら外が暗くなっていて、思っていたより時間が経っていた。そんなことはないだろうか。
あるいは、帰ってきてソファに座った。そのまま動けなくなって、気づいたら寝る時間になっていた。
これは意志の問題じゃなくて、たぶん人間の性質だ。
人は、最初に座った場所からなかなか離れられない。
これは大人も同じだ。仕事から帰ってテレビの前に座った人は、そのまま寝るまでそこにいる。パソコンの前に座った人は、気づくと夜中になっている。座った場所が、その日の残りを決めてしまう。
だとしたら、やることは一つしかない。家に帰って最初に座る場所を、机にする。
たったこれだけだ。でも、これができると一日の形が変わる。
5. 五分でいい、まず座る
ここで一つ、条件をつけたい。座ったあと、何時間やらなきゃいけない、というルールは作らないでほしい。
五分でやめてもいい。一問だけでもいい。教科書を開いて、そのまま閉じてもいい。大事なのは、時間の長さじゃなくて、最初に座る場所を自分の意志で決めることのほうだからだ。
しかも、たいていの場合は五分では終わらない。人は最初に座った場所から離れられないんだから、机に座ったら机から離れにくくなる。ゲームと同じ性質が、こっちでも働く。
日によっては疲れていて、本当に五分でやめる日もあると思う。それでいい。ゼロと五分では、まったく違う。
まず、自分を磨く場所に座る。やりたいことは、そのあとだ。
6. 「目標勉強時間」の罠
ここで、多くの人がやってしまうことについて話しておきたい。
仮に「毎日六時間勉強する」と紙に書いて、壁に貼ったとする。
最初の数日はいい。でもそれは、やがて大きなプレッシャーに変わる。四時間しかできなかった日は、目標を達成できなかった日になる。やらなかった日は、自分を責める日になる。そうやって、勉強がだんだん義務になっていく。
そもそも、この目標には根本的な問題がある。「六時間やれば受かる」は、結果論だ。
六時間やったから受かったんじゃない。合格した人に「毎日どれくらい勉強しましたか」と聞いたら「六時間くらいかな」という答えが返ってきた、というだけの話だ。その人は、たぶん時間を数えていない。成長するのが面白くて続けていたら、結果的に六時間になっていた。
やる気がしないなあと思いながらやる六時間は、成長を楽しみながらやる一時間に劣る。
だから、貼り紙をするならこう書いてほしい。「今すぐ始める。五分でやめてもいいから、とにかく始めてみる」。長く続ける覚悟はいらない。始める覚悟だけでいい。
7. 「何をやるか」より「どうやるか」
ここから、二つ目の話に入る。同じ時間をかけても差がつく理由についてだ。
目標が決まると、人は次に「何をやるか」を考える。この参考書を買う。過去問を一日一問解く。単語を毎日五十個やる。それ自体は正しい。何をやるかが決まらないと、そもそも動けない。
でも、それより大切なことがある。
「何をやるか」より、「どうやるか」のほうが大事だ。
剣道で考えてみてほしい。素振りを百本する。何も考えずに、ただ数を数えながら振る百本。もう一つは、目の前に相手を思い描いて、この一本で面を打ち込むつもりで振る百本。
同じ百本でも、身につくものはまったく違うはずだ。回数が同じでも、中身が違う。
勉強も同じだ。「今日は数学を三時間やった」と言っても、その三時間の中身によって、得られるものは十倍くらい変わる。
だから、何をやるかを決めたら、そこで終わらないでほしい。それを使って、自分の何を、どう磨くのか。そこまで考えて、はじめて同じ一時間が別物になる。
8. 解けたあとから、本当の勉強が始まる
では、具体的に「どうやるか」とは何か。
英語の長文を、辞書を引きながら読んだとする。時間はかかったけれど、意味が分かった。数学の問題を、解答を見ずに解けた。多くの人は、ここで丸をつけて次に進む。
でも、ここは終わりじゃない。解けた。意味が分かった。ここまでは、まだ準備でしかない。本当の勉強は、そのあとから始まる。
- なぜこう解くのか ── なぜその解き方を選んだのかを、言葉で説明してみる。説明できないなら、まだ理解していない。
- 別のやり方は ── ほかに解き方がないか探してみる。一つの問題から二つ三つ引き出せると、次に似た問題が出たときに強い。
- もう一度解く ── 何も見ずに解けるか試す。解けなければ、まだ自分のものになっていない。
- 声に出す ── 英語なら音読。ただ読むんじゃなくて、強弱をつけて、感情を込めて読む。自分の意見として相手に伝えるつもりで読む。
この四つをやるかやらないかで、同じ問題集から得られるものが変わる。
問題を解くこと自体が目的になると、こなす作業になってしまう。それだと、何ページ進んでも実力がついていかない。
9. 伸びているのは、授業の外の時間
ここで、少し耳の痛い話をしたい。
週に一度、オンラインの授業を受けているとする。上達しているのは、その授業を受けている時間だろうか。違うと思う。
伸びているのは、授業と授業のあいだに、自分でくり返している時間のほうだ。
剣道で考えると分かりやすい。有名な師範に稽古をつけてもらったとする。その一時間で強くなっただろうか。たぶん、そうじゃない。指摘されたことを持ち帰って、次の稽古までに一人で何度も振る。強くなっているのは、その時間のほうだ。
授業も同じ構造をしている。授業でやることは、自分の課題を教えてもらうことと、やり方を見せてもらうことだ。それを自分のものにする作業は、授業のあとに自分でやるしかない。
だから、いい先生の授業をたくさん受ければできるようになる、というのは勘違いなんだ。授業で解き方やコツを学ぶ。でもそれが結果に結びつくのは、何度も自分でくり返し復習した人だけだ。
受けた授業のあと、次の授業までに何を反復するか。そこを決めておくと、同じ授業の価値が何倍にもなる。
10. 緊張の量は、練習の量で決まる
本番の話もしておきたい。
試合の前に緊張する。テストの前に手が震える。あれは、気が弱いからだろうか。違うと思う。
緊張するのは、これ以上ないほど練習したという自信がないからだ。
十分な準備と反復練習を重ねてあれば、緊張していても身体が勝手に動く。頭が真っ白になっても、手が覚えている。
逆に、準備が足りないと分かっていると、不安だけが膨らんでいく。そして時間的な余裕がないと、精神的な余裕もなくなる。この二つはつながっている。
つまり、緊張への対策は「本番で落ち着く方法」じゃない。本番までに、どれだけ反復したかだ。
これは剣道でも実感していると思う。何度も稽古した技は、試合でも自然に出る。付け焼き刃の技は、緊張すると出ない。
11. 覚えられないのは、興味がないから
三つ目の話に入る。ここが第3部でいちばん大事なところだ。
一つ質問がある。歴史上の人物の名前を、新しく十人覚える。もう一つは、知り合いの名前を新しく十人覚える。どちらが難しいだろう。
後者のほうが、圧倒的に簡単だと思う。好きなアーティストの新曲のタイトルなら、一度見ただけで覚えてしまう。でも英単語は、何度書いても忘れる。
この差は、記憶力じゃない。
記憶と興味は、直接つながっている。
人間の能力は、興味があるものにしか十分に働かない。だとしたら、興味のない教科をいくら時間をかけて勉強しても、自分の能力の一部しか使っていないことになる。これは、けっこう大きな損だ。
じゃあ、どうすれば興味を持てるのか。「興味を持て」と言われて持てるなら、誰も苦労していない。
12. 教科ではなく「人」に興味を持つ
ここに、一つ抜け道がある。教科そのものに興味を持とうとしなくていい。代わりに、それに関わっている「人」に興味を持ってみる。
「もの」ではなく、それに関わる「人」に興味を持つ。
たとえば数学が嫌いだとする。数学に興味を持つのは難しい。でも、数学の先生になら興味を持てるかもしれない。
あの先生は、家に帰ったら何をしているんだろう。休みの日はどこに行くんだろう。なぜ数学の先生になろうと思ったんだろう。高校生の頃は何を考えていたんだろう。今の夢は何だろう。
そうやってその人に興味が湧くと、不思議なことに、その人が関わっている数学にも興味が湧いてくる。人は、好きな人が大事にしているものを、自然と気にするようになるからだ。
もう一つ、教科書に出てくる公式や法則についても同じことができる。
この公式を見つけた人は、いつの時代の、どこの国の人だったんだろう。どんな暮らしをして、何に悩んで、どうやってこれを見つけたんだろう。もしかしたら一生をかけたのかもしれない。
そこまで想像できたとき、公式は暗記する記号ではなくなる。誰かが人生をかけて見つけて、次の世代に渡してくれたものになる。
これは第1部で話した「人類の英知を受け継ぐ」という定義と、そのままつながっている。
一人でも多くの人に興味を持つことで、自分の人生は豊かになる。
すべての教科が、そのきっかけになる。
学びのポイント
- 実力は直線では伸びない。あとから急に上がる曲線を描く
- 伸びないのは失敗ではなく、まだ途中なだけ。「向いていない」とは違う
- 多くの人は、伸びはじめる直前で手を離してしまう
- 人は最初に座った場所から離れられない。帰宅後の一手目を机にする
- 五分でやめていい。大事なのは長さではなく、座る場所を自分で決めること
- 「毎日六時間」は罠。いやいやの六時間は、楽しむ一時間に劣る
- 「何をやるか」より「どうやるか」で、同じ一時間が別物になる
- 解けたあとから本当の勉強が始まる(説明する・別解を探す・再度解く・声に出す)
- 伸びているのは授業中ではなく、授業と授業のあいだの反復
- 緊張の量は、練習の量で決まる
- 記憶と興味は直接つながっている
- 教科という「もの」ではなく、それに関わる「人」に興味を持つ
— QUESTION —
君への問い
ここまで読んでくれてありがとう。第3部の宿題も、二つある。どちらも今日から始められる。
一つめ ── 帰って最初に座る場所は?
今日から一週間だけ、帰宅後の一手目を机にしてみてほしい。五分でやめていい。できた日に印をつけていくだけでいい。
二つめ ── 苦手な教科の先生について
いちばん苦手な教科の先生について、今まで知らなかったことを一つ見つけて書いてほしい。直接聞いてもいいし、授業中の話から拾ってもいい。